地方自治体による消滅貨幣導入を

 

初出「人間の経済」(ゲゼル研究会)第42号

 平成14年度版循環型社会白書において、循環型社会に向けた2030年頃までのシナリオの1つ、ライフスタイルを環境調和型にするシナリオでは「地域通貨による経済活動が活発化し、環境福祉面での充実化が進みます」と書かれている。このように地域通貨と地域経済の活性化をつなげる議論が公でも出始めているが、特定の領域においてのみ有効である地域通貨が、日本において話題となり始めたのはほんの数年前のことである。2002年4月現在、北は北海道から南は沖縄県まで40都道府県にわたり116種類以上の地域通貨が存在し、規模は100人前後が多い。通帳、小切手、紙券、コイン、果ては石ころまで様々なものを地域通貨として用い、市民団体が主体であるものばかりでなく、最近では商工会や農協、生協が主体であるものがあり非常に多様である。多くが経済優先で切り捨ててきた地域や人とのつながりを取り戻し、「お金で買えない豊かさ」を得ようとした取り組みであり、ボランティア活動やアンペイドワークの評価とその活性化を主目的としている。

 しかし歴史的に見ると、このような実際のモノやボランティアに担保され、地域での人と人のつながりを紡いだりするのとは違い、現在の日本のようなデフレ不況下で法定通貨を補完する形の地域通貨が発行されたことがある。それは1929年から始まった世界大恐慌の中、主に欧米において地方自治体や地域の商工業連合会等が中心となりデフレ脱却のために発行した補完通貨や緊急通貨と呼ばれたものである。これらの地域通貨は、時の経過と共に減価する仕組みを内在し、一定期間毎に紙幣に額面の数パーセントの印紙を貼る必要があった。そのため、人々の貨幣の保有動機が減退し、地域通貨はデフレ下でも驚異の流通速度を示して、それにつられ法定通貨も使用されることになった。ケインズが『一般理論』で評価したシルビオゲゼルの自由貨幣論に基づきデザインされたものである。オーストリアのヴェルグル町政府が発行した労働証明書やカナダのアルバータ州政府が発行した繁栄証券は、当時の実践例として有名だ。

 また、デフレという状況下ではなく、時の経過と共に減価はしないが、地域の産業振興という目的で地方政府が貨幣を発行したものとして、日本における江戸時代の藩札をあげることができる。幕府が発行する金銀貨を担保にした藩札だけでなく、藩の特産物を庇護するため専売制下におき商品買上代金の支払にあてて発行される藩札もあった。例えば、姫路藩では木綿札、郡上藩では生糸札、加納藩では傘札、秋田藩では米札と言ったそれぞれの専売物の名称がついた藩内通貨であった。このような藩札は、地域内でのヒトモノサービス情報の循環を形成したものとして評価されうる。ちなみに、1871(明治4)年の藩札回収令までに札を発行した藩は全体の80%にあたる244藩、他に14代官所(天領)9旗本領で発行された。

 このような1930年代の補完通貨や藩札の取り組みを参考に、地域発の経済活性化とデフレ脱却の手法として、地方自治体が自己償却的な債券を発行し、それを地域通貨として使用することを提案したい。現在、地方自治体は、財政負担を軽減しながら、同時に失業者対策等で財政支出増への期待に応えていく必要があり、このような中で地方自治体が自己償却的な無記名債券を発行し、それを地域通貨的に使用することによって購買力を地域内にとどめ、地域内での経済循環の促進を狙うのである。ここで一定期間毎に地域通貨に額面の数パーセントの印紙を貼ることを義務づけるという持ち越し税をかけることが重要となる。地域通貨である本券部分は地域限定の貨幣であるが、税となる印紙部分は円貨である。これによりこの地域通貨は流通しながら、負担された持ち越し税の総額によって自己を償却することになる。つまり期限が来ると、税収で得た円貨で償還され消滅するか、もしくは新規の無記名債券と交換され新たに地域に出回っていく。発行主体が地方自治体のような信頼できる主体であり、最終的に税金等で引き受けることができる主体あれば、日本銀行券と同様に流動性があり譲渡可能となろう。

 例えば、事前に資金を持たない地方自治体が公共事業を行う際の代金としてこの通貨を発行した場合、持ち越し税がかかる紙券であることで人々に迅速な使用を促しながら循環する。そして償還される時、通貨を使用した住民による税で結果として意図した事業が行われたことになる。印紙を購入貼付し、またそれを管理する手間コストは相当かかるであろうが、それ以上に利点があれば問題はなく、また大規模に行う場合は定期的に適当な割引率を設けて新規債券に切り替えることにより減価させる仕組みも考えられる。実際にこのような地域通貨をどのような形で発行するかについては、その時の高い限界消費性向を導き出せる方法、例えば購買力注入ということで住民に直接配布や公共事業費として支出など政治的な配慮に基づき行われるべきである。

 経済危機が進行中のアルゼンチンでは、すでに昨年の夏頃からパタコンやセカコルなどと呼ばれる州債や県債を公務員の賃金や出入りの業者の支払いとして用いられており、それらの債券は法定通貨アルゼンチンペソと同様に市中で使用されている。日本においても、地方自治体による減価する地域通貨、消滅貨幣導入を地域発の経済活性化とデフレ脱却の1つの案として議論する価値があろう。

(2002年6月25日)