2月 2007

山口県上関町での現地調査風景①(2007年2月)

中国電力(株)は、現在、山口県熊毛郡上関町長島四代地区にて原子力発電所の建設を進めています。そもそも中国電力がここに建設計画を立てていることがわかったのは、1982年6月末のこと。この計画が発覚してから、周辺で操業している対岸約4キロにある祝島(いわいじま)の漁民や、予定地内に共有地がある地元の四代地区の住民などが強硬に反対をしていますが、工事(詳細調査)は着々と進んでいます。

原子力発電所建設予定地がある長島は、本州と橋(上関大橋)がかかっておりバスでも行けますが、反対派の漁民が多くいる祝島には船でしか行けません。柳井港と祝島間は一日2往復半はしっています。1時間10分ほどで到着し、運賃は1,530円。

集落の裏山から見た光景。祝島はそのほとんどが切り立った崖と岩山からなっていて、平地が極めて少ないです。そのため島内では一ヶ所に集まって住んでいます。主な産業は、農業(主にびわやミカン、干し大根)と漁業(主にタイやヤズ(小ぶりのハマチ)、タコ、あとヒジキ)。その昔は、この狭い場所に4,000人近い人が住んでいましたが、現在は560名あまりです。それでも離島の一集落としては、現在ではかなり大きな方です。

島中で見られるヒジキを天日干しする光景。祝島の雑木からできたマキで、鉄の大釜にヒジキを入れて炊いてから干します。

干してから天気が良ければ数日で出荷できる状態になるそうです。詳細については、元・祝島漁業HPをご覧下さい。

祝島の約9割の人が対岸の原子力発電所の建設に反対しているそうです。元・祝島漁業の事務所には写真のような看板や「ふる里三題」とついた反対の短歌が掲げられています。

祝島の方のご協力で、建設予定地付近を船で案内してもらいました。写真真ん中付近の水色の色が付いた当たりが、取水口が取り付けられる予定です(護岸から深層取水)。猛烈な勢いで取水されるので、海底の地形が大きく変わるなどのいろいろな変化が出ると推定されます。ちなみに取水口付近はボーリングをしてせいか、かなり岩が崩れてきていました。

建設予定地を正面から望む。現在、船がいるところは、このまま建設が進めば周辺の山々を崩した土砂で埋め立てられることになります。今は、建設に入る前の詳細調査を実施している最中です。調査にしてはかなり大がかりです・・・

予定地の地層を調べるために、あちこちでボーリングが行われています。また、その周辺は、どこかで雇われた漁船が監視役で船を停泊させています。2006年には台風13号でボーリング台船が流される事件が起きています。

地元の漁師のお宅でご相伴に預かる。ヤズの刺身、あら煮、あとなんとかエビの刺身は絶品でした。ただ、おしむらくは宿でおいしい食事を頂いた直後だったので、余り食べられなかった・・・

現地調査風景②へ

山口県上関町での現地調査風景②(2007年2月)

海から建設予定地を見た翌日、今度は室津港から自動車で移動し、その後、里道を歩いて周辺を散策しました。

今回、海からの予定地観察や祝島から室津港まで運んでくれた荷物運搬用の船。抗議行動の際はとても活躍したそうです。

160ヘクタールにのぼる用地のかなりの部分は中国電力に買収されています。ただ、建設敷地予定地内でも共有地や神社地など裁判の係争となっている土地があり、完全に目処がついていない今、まだ海の埋立は実施されていません。用地はかなり買収されていても、未買収の土地があることなどから、まだ赤線・青線は健在であり、警備員がしっかり付き添ってくれながら、赤線は当然歩いていけます。無断立ち入りではありません!

狭い里道を重機が走り抜けるため、当然、周辺の木々に傷が付きます。そもそも里道は人や農業資材を運ぶ道なので、車が走ることは想定されていません。傷ついた木々には、中国電力がムシロの包帯を巻いてくれています。

用地内の多くの木々は落葉樹で、その昔は薪炭利用されていたそうです。写真の木も立派に萌芽更新しています。

カクレミノ(Dendropanax trifidus:ウコギ科カクレミノ属)。樹液はウルシーオール二量体を含むそうで、漆のような使い方はできないかと地元では考えられているとか。また、地面には、ハゼの実を多く見つけることができました。伝統的なろうそくをつくる活動も近くであるそうです。

数十年前までは、四代地区の住民が徒歩で山を越え、段々畑や棚田を作り、農業をしていました。今は、その名残として、石段があるばかりです。

用地内に張り巡らせられつつある運搬用モノレール。詳細調査のためだけにこのようなおおがかりな施設が作られています。

田ノ浦で着々と詳細調査が進む。

建設予定地内を交差する赤線と青線。まだ用途廃止していないはずなのに、歩こうとすると厳しく注意されます。

予定地のすぐ裏手に立地する「いこいの家」。反対派住民の共有地に地元材で立てられたログハウスです。地元住民、特に対岸の祝島の方々がどれほど反対してきたのか、また現状については、例えば「上関原発反対運動:速報版」をご覧下さい。あと、上関原子力発電所の歴史をまとめたものとしては、朝日新聞山口支局編(2001)『国策の行方:上関原発計画の20年』をお勧めします。