昨年の春頃から書き進めていた『テキストブック 環境と公害:経済至上主義から命を育む経済へ』日本評論社(泉留維・室田武・三俣学・和田喜彦)が、やっとこの4月20日頃に店頭に並ぶことになりました。大学学部生向けに作成した本なので、写真や図表を多用し、かなりわかりやすい作りになっているかと我ながら思っています。テキストブックという位置づけのため標準的な環境経済学やエコロジー経済学の議論も載せていますが、一方で昨今見直しが起こりつつある公害問題や、事故の隠蔽が後を絶たず、廃棄物の処分方法が未だ決まらない原子力発電所問題、さらに最大の環境破壊行為といえる戦争の問題についても取り上げています。お近くの書店等で下記のような表紙を見ましたら、一度、お手にお取りください。
NHK-BS1で放映された「エンデの遺言」や『エコマネー』などを直接的なきっかけにして、1999年から日本では地域通貨の取り組みが本格化しました。特に、当初のマスコミは「地域の万能薬としての地域通貨」のように取り上げ、全国紙でも盛んに取り上げられました。その全国紙(朝日新聞、日本経済新聞、毎日新聞、読売新聞:産経新聞は地方版検索が出来ないため割愛)において、地方版含め地域通貨に関する記事の掲載数の推移を示したのが、下部の図です。1999年頃は、地域通貨とは書かず、「ローカル貨幣」や「ボランティアマネー」などと書かれたので、単純に「地域通貨」という単語が出てきた記事だけを積み上げたわけではありませんが、はっきりとした傾向が出ています。1998年まではほとんど皆無だった地域通貨に関する記事が1999年に突然各紙に掲載されるようになり、そして2002年をピークにして掲載数が漸減しているということです。これが何を意味するのかは、私が1999年から不定期ながら実施している地域通貨の稼働状況調査の結果(後日ブログに掲載)とあわせれば、それほど意外なことはありませんが色々なことがわかってきますが、それはまたの機会に書きます。
桜が散るか散らないかの日本人が美を強く感じる時期に、鎌倉の里道を歩きに行きました。里道とは「道路法による道路に認定されていない道路すなわち認定外道路のうち、公図上赤い帯状の線で表示されているもの」を指します。地区住民の日常生活に密着した道路として利用されてきた歴史があり、その敷地は、現在では市町村の財産となっています。鎌倉市の里道は総延長600キロにものぼるとかのぼらないとか言われはっきりはしませんが、相当の長さを持っているのは事実です。 まず鎌倉市の里道の実態を聞くために鎌倉市役所道水路管理課に赴きましたが、全域の里道については質問してもまとめた資料などはないと言われたため、すぐ近くにある横浜地方法務局鎌倉出張所に赴き、今回特に注目し、歩き回ろうと考えていた広町緑地付近(鎌倉市腰塚・津:鎌倉広町の森)の旧公図を閲覧しました。写真(性格上解像度を落としています)を見ていただければわかるように、旧公図は非常に鮮やかで、赤線・青線が一目瞭然となっています。広町緑地には里道が縦横に走っていたのがよくわかります。ちなみにこの周辺は、鎌倉時代には京都から鎌倉に入る大手(玄関)だったそうです。 そもそも広町緑地(約60ha)は、都市近郊の大規模な手つかずな私有地であったため、1973年、事業三社によって大規模開発(主に宅造)案が発表されて以来、常に開発圧にさらされてきた場所でした。地元住民は、数少なくなってしまった市内の残された緑地を保全するために反対運動を継続し、1984年には周辺8自治体により「鎌倉の自然を守る連合会」が結成されています。この団体などを中心に粘り強く運動を続けた結果、2000年には鎌倉市議会で広町を都市林として保全する「広町の緑地保全に関する決議」が採択され、2002年10月には事業三社は開発を中止し、用地(36.8ha)を市に売却することで鎌倉市と基本合意するに至っています。2003年12月、総額113億円(神奈川県20億円、国20億円、鎌倉市緑地保全基金35億円、鎌倉市38億円)で買収、晴れて公有地となり長期的な保全ができる体制になりました。事業三社以外が保有していた残りの土地もほぼ2006年2月までに買収が終わり、現在では都市林公園を目指しているそうです。 里道の話に戻りますが、緑地保存運動に取り組んでいた「鎌倉・広町の森を愛する会」の代表(当時)の池田尚弘さんは、赤道は入会地と同様、地域住民共有の財産であり、住宅開発をすることで、その共有財産を業者が勝手に侵害することは許されないと考えたそうです(詳細については『季刊まちづくり』の該当記事をご覧ください)。そこで、ただ反対するだけではなく、この赤道を修復し、再活用することによって、忘れられていた共有性を復活する活動を展開しました。そのおかげもあって、今では下記の写真のような立派な里道を私たちが享受できるようになっています。この広町緑地の場合、身延町のように里道によって地域外からの開発を妨げることができたと結論を下せるかは難しいところですが、少なくとも里道整備が地元住民によって再び行われ始めることで里山自体(「おらが山」)と保全の重要性の再認識につながっていったことは間違いないでしょう。 広町緑地の里道の詳細な光景についてはこちらをご覧ください。
4月上旬、鎌倉に里道調査で行きました。その内容については別途書きますが、調査終了後、私も大変お世話になっている『コモンズの経済学』(学陽書房)をかかれた多辺田政弘先生の娘さんご夫婦がお店を2月に出されたということで、早速、よってみることに。あいにく、夕方から春の嵐でしたが、8時過ぎにはほぼ満席状態でした。全15席のこぢんまりとしたお店で、外装も内装もシンプルで好印象な作りになっています。料理の方は、昼も夜も3つのコースから選ぶ形になっていて、旬なものをいかしながら、お刺身や焼き物が出てくるなど比較的標準的な日本料理かと思います。 一部の器は、多辺田先生が焼かれたものが使われるなど、いろいろな思い入れが伝わるお店です。 ☆日々茶寮「連」(詳細は写真をクリックしてください) 湘南モノレール・湘南深沢駅徒歩7分 tel:0467-32-6730