フィールドトリップ

ゼミの合宿の様子(平成16年度)

ゼミの合宿の様子(平成16年度)

平成16年度のゼミでは、計三回の合宿をしました。5月に足尾銅山付近で一泊二日、9月に離島である愛媛県関前村で二泊三日(台風が来たため一日早く終了)、05年3月に新ゼミ生との交流を兼ねたゼミ論発表会を伊勢原の大学の施設で一泊二日です。

2004年5月に実施した足尾銅山合宿の光景

御谷騒動と広町緑地(2007年4月)

御谷騒動と広町緑地(2007年4月)

桜が散り間際、鎌倉市に赴き、里道の散策をしました。鎌倉市は、言わずもがなですが、「古都保存法」を誕生させた市でもあり、環境保全を取り組む先駆的な自治体ですが、そもそもは住民の反対運動から政策につながっていくというパターンが観察されます。

寺家ふるさと村(06年度)の農業実習(1)

横浜市青葉区にある寺家ふるさと村(寺家町)。2005年度から無農薬、無肥料稲作をしている木村さんのお世話になって実習をしています。今年度も引き続きゼミで農業実習をすることになりました。昨年よりも一枚増えて、三枚の田圃での作業と周辺の里山保全活動をしていきます。三枚のうち二枚は、昨年、耕作放棄地を再度開墾し直したのですが、水路作りなどが田植えまでにできず、作付けをあきらめたところです。

2006年3月:開墾など

根室フットパス

「フットパス」とは、本来、イングランドにおいて、レクリエーション等の目的から、土地の所有権とは無関係に人々が「歩く権利(Rights of Way)」を有する道を指す言葉でした。近年、日本では、歩く権利とは関係なく、イングランドのフットパスの一部の機能である「歩きながら地域の特徴や原風景を体感する」という道をフットパスと呼び、北海道などで盛んに市民を中心にして設置する動きが出てきています。その中で、2003年に設置された根室フットパスは、北海道を代表するフットパスの一つと言えるでしょう。根室フットパスは、酪農家集団AB-MOBITという5人からなる酪農家グループが、それぞれの所有する牧場の中に、歩く道を整備することで形成されました。AB-MOBITは、そもそも酪農の暮らしの魅力を都市の消費者と共有し、地域活性化に繋げることを目的として、2001年に結成され、酪農体験をはじめとした活動を進めていた。その一環としてフットパスが設置され、現時点で厚床パス、初田牛パス、別当賀パスの3ルートが、それぞれJRの駅を出発点に、5戸の牧場を繋ぐことを意識して成立しています。広大な「私有」の牧草地と原野を歩くコースは、合計42.5kmにも及び、景観・規模ともに発祥地イギリスのフットパスに近いでしょうか。この根室フットパスで、2010年より、ゼミの夏合宿(ワークショップ)を行い、特に別当賀パスの整備を行っています。詳細については、下記のリンクをご参照ください。

離島が「離島」ではなくなる

 毎年、ゼミの合宿を行っている愛媛県今治市の離島・岡村島が、2008年11月に「離島」ではなくなってしまう(2008年のゼミ合宿の様子はここをクリック)。岡村島は、2005年に今治市と対等合併するまでは、関前村の中心となる島であった。旧関前村は、岡村、大下、小大下の三島からなり、1890年に岡村と大下村が合併してできた村である。江戸時代は、少し意外なことに、対岸の今治藩ではなく、松山藩の領地であった。ちなみに小大下島は、近世までは無人の島で、岡村と大下村の両村入会の地であった(江戸時代から入会紛争は多発していた模様、明治時代以降は石灰岩の採掘が盛んとなる)。
 瀬戸内海の島の多くは明治期からミカン栽培が盛んになり、もれなく関前地域でも1900年前後から盛んになっている。一時期はミカン御殿が建つほどの所得があったが、1970年代に入るとミカンの価格が暴落し、その後、関前地域の人口も激減していく(下記写真参照、戦後は一貫して人口は減少していたが、ゆるやかであった)。2008年3月末現在(住民基本台帳人口)で、岡村が491人、大下が121人、小大下が43人となっており、戦後直後と比較して5分の1程度となっている。

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