韃靼旅行記(1):出発 2002-01-22

韃靼旅行記(1):出発 2002-01-22 初出『人間の経済』23号 ゲゼル研究会

泉留維(いずみるい)

 毛皮とは、まことに人を魅了するものであるらしい。それを追い求める欲望のため、個人、民族、国家までもが、狂乱した。それは、黄金に魅了され南米大陸をスペイン人が蹂躙したことや、北米大陸におけるゴールドラッシュと肩を並べるぐらいのものである。歴史上、多くの人を魅了したものを3つ挙げるとしたら、黄金、絹、毛皮ではないだろうか。

 雷帝イワン4世の時代の1581年に、西シベリアを征服しロシアによるシベリア併合の端緒をつくり有名であるコサック隊長イェルマークはクロテンの毛皮を求めて、ウラル山脈を越え、シビルハン国を滅ぼした。クロテンの毛皮は、セーブルと呼ばれ、毛皮中の最高級品の一つとして珍重され、その交易ルートはシルクロードに匹敵するほどの通商路であった。そこでは、利権を巡って多くの軍事的衝突や搾取が行われ、また様々な文化が交流しあった。

 今回、このクロテンの交易の1つである「山丹交易」の一端を見るために、中国東北部へと足を運んだ。「山丹交易」とは、18世紀から19世紀にかけての時代に、アムール川(黒龍江)下流域と樺太(サハリン)を中心にした舞台で盛んに行われた交易のことである。実は、この交易は、江戸時代の日本にも大きな影響を及ぼしたのであるが、それは後ほどふれるとしよう。

 「山丹交易」の一端を見るため、と大仰なことを書いたが、実際はもっとお気楽な珍道中であった。毎昼、毎晩、大酒をくらい、翌日寝不足のまま博物館や史跡をまわり、書籍を探し回る、なんともまあ、ある意味では調査とは言い難いものであった。今回の小旅行は、日頃お世話になっているA先生とコーディネーターの林(リン)さんとの三人。旅は、関西空港から始まる。

 7年ぶりに北京の国際空港に夕刻に降り立ったが、当時のいかにも社会主義国の空港、薄暗くて兵士が銃を構えて歩き回っている、とは大きく違っていた。関西空港のように、白い壁面にパイプを組み合わせてできていて、とても近代的だ。降り立つと、なにやら「奥記念」の文字が入ったいろんな宣伝があちこちに見られる。ここで、林さんからミニクイズが出た。「奥」とはなんぞや。中国は、あらゆる外来語を漢字化㣂ので、なかなか想像もつかない。「オーストリアかな」と言ったら、なんのことはない2008年に北京で開催される「オリンピック」の「オ」であった。中国において、外来語に当てる字にはおもしろいものが多い。今回、おもわず手を打ったのは、かのマハトマガンジーであった。「地」に満足すると説いて、ガンジーを「甘地」と。

 空港には、林さんの友人である孫さんが、車で出迎えてくれた。実は、夜行列車で長春に行くことになっていて、その電車の出発時間までそれほど余裕がなく、タクシーやバスでは間に合わない状況であった。ホンダのシビックで、8車線近くある高速道路(15元:約240円)をとばし、40分ほどで市街地にある北京駅に到着した。海外に行くと、空港と市街地までの交通の便と時間が結構気になる。日本の代表的な国際空港は、成田と関空であるが、どちらも市街地から離れていて、交通費もバカにならない。北京の国際空港も、市街地から近いとは言えず、車でしか移動できないが、日本に比べればすべての面で快適である。

 北京駅は、7年前とは違い、派手にイルミネーションに飾られ、壮観であった。ところで、中国では、日本とは鉄道の切符の販売システムが違っている。まず、基本的に3日前からしか購入できない。切符販売システムがネットワーク化されていないため、切符は駅ごとに割り当てられ、始発駅以外から乗車㣂のはなかなか難しい。あと、わたしの感覚では、駅の窓口よりも、有力な地元の旅行会社の方が切符を入手しやすい。

 飛行機も遅れず、シビックも快調、切符も孫さんがちゃんと押さえてくれていて、無事に長春行きの特別快速列車に乗ることができた。もちろん、地ビールを買い込むのをわ㣂てはいない。北京で一番有名な「燕京啤酒」にした。このビールは、国際線でもでてくる有名なビールである。日本では、中国のビールとしては「青島啤酒」が有名であるが、この青島はビールにしては高価で、駅などではお目にかかれないことも多い。

 中国の夜行列車には、3種類の座席の種類があり、対面式の一般座席である「硬座」、3段ベットの「硬臥」、そして2段ベットでコンパートントである「軟臥」である。長春へは、「軟臥」でいった。料金は、379元、日本円に直㣁6,000円程度であろうか。1,064キロの道のりで、コンパートント、日本だと高いとは思わないが、ビール1缶が50円程度の国においてはどうしても高いと思ってしまう。ちなみに、普通列車の「硬座」で同じ道のりをいくと、60元程度である。円安とはいえ、円のパワー強し。

 7年前も列車には何度も乗ったが、その時と比べれば、乗務員の態度と設備は格段に向上している。保安上、男性の乗務員であるが、みんな微笑んで話しかけてくるし、日本語と英語の挨拶もできる。新暦の正月のせいであろうか、記念品として卓上カレンダーも頂いてしまった。トイレも、穴が空いているだけのものではなく、簡易水洗だし、洗面所も大変きれいである。一眠りしたら、長春についているだろう。