韃靼旅行記(5):炭鉱閉鎖と石炭液化 2002-02-02

韃靼旅行記(5):炭鉱閉鎖と石炭液化 2002-02-02 初出『人間の経済』27号 ゲゼル研究会

泉留維(いずみるい)

 昨年11月29日に、九州最後の炭鉱、池島炭鉱(長崎県外海町)が閉山、42年の歴史に幕を下ろした。この閉山で、かつて国内最大の産炭地だった九州からは炭鉱が姿を消した。そして、この1月30日には、国内最後の炭鉱、太平洋炭砿(北海道釧路市)が閉山し、81年余りの歴史に幕を閉じたのだ。

 この太平洋炭鉱閉山のニュースを、実は、わたしは中国で知った。『中国日報』の短信欄(1月10日付け)に、「日本で最後の炭鉱の生産が終わる」とあったのだ。石炭を大量消費している中国においては、外国の話とはいえ十分ニュース報道する価値があったようである。エネルギー問題が盛んに取り挙げられるわりには、日本では、あまりこの炭鉱閉鎖は話題にのぼっていなかったような気がする。ただ、日本において、昨年、石炭の使用量は増加しているのだ。2001年の当初2ヶ月の輸入統計によれば、昨年同期に比べ全体で17.72%もの増となっている。全輸入量は2,550万トンに達し、原料炭は21%増の1,410万トン、一般炭が12%増の1,070万トン、無煙炭が33%増の62万トンとなっているのである。石炭の重要性は、この石油全盛の時代でも必ずしも減っているわけではない。

日本の石炭輸入量(
2001

1-2
月)

2001.012001.022000.01-022001.01-0201/00
百万トン百万トン百万トン百万トン%
原料炭7.3296.80211.63614.13121.44
一般炭6.0974.6289.53710.72512.46
無煙炭0.3090.3100.4660.61932.66
合計13.73611.74021.63925.47517.72

International Coal Report 522、2001.04.10

 今回、「山丹交易」の一端を見るために、三姓(現在の依蘭)に行ったのだが、ここでは、現在日本の支援を受けて大規模プロジェクトが進んでいるのである。それは、「石炭液化」プロジェクトである。中国は、世界で最大の石炭生産量をほこるが、今後のエネルギー需要の増大に伴い、自国の石油資源の不足が見込まれることから、石炭の液化技術の実用化を重要な課題として掲げているのである(中国は1993年から石油の純輸入国となっている)。「石炭液化」とは、簡単にいえば、固体である石炭を液体燃料に変換し、人造石油をつくる技術のことである。石炭は、石油と同様に炭素と水素の化合物だが、石油に比べて分子量が大きく、水素の割合が少ない。圧力をかけたり触媒を使ったりなどして水素を石炭に添加し、高分子の結合を断ち切り、液化するのである。液化する際に、硫黄分などの有害物質を除去することができ、精製後の硫黄分は石炭の千分の一以下、液化過程での発生量を含めても七分の一程度になるとも言い、クリーンな石炭利用技術として注目されているのである。

 石炭液化のアイデアは、1869年にまでさかのぼるといわれているが、工業化の基礎ができたのは第1次大戦後の1923年であり、ドイツのミュルハイムにあったカイザーウイルヘルム石炭研究所(現マックスプランク石炭研究所)にいたフランツフィッシャーなどによってであった。それから第2次大戦にかけて、石炭は豊富であるが石油に乏しいドイツが、石炭から内燃機関用の液体燃料をつくることに力を入れた。最終的には、約20の工場でガソリンを年間約500万トン生産する規模に達したが、連合軍の爆撃目標となり、工場は壊滅した。ちなみに、2000年8月から、テキサスA&M大学のDr. Anthony Strangesらによって、ドイツと米国を中心とした過去の石炭液化関係の文献や特許をインターネット上に公開する事業が始まっている(http://www.fischer-tropsch.org)。

 話は元に戻るが、昨年、中国の国家発展計画委員会によって作成されたエネルギー第十次五ヵ年計画(最新の計画)には、クリーンコールテクノロジーの開発の項目があり、「先進的なクリーンコールテクノロジーをモデルとして、技術の蓄積と商業化の普及を実施する。プロジェクト前期作業の進め具合と技術、経済の条件に基づき、この期間は陜西省の神東、雲南省の先鋒、黒龍江省の依蘭など石炭液化工場を建設すると同時に」とある。依蘭における石炭液化プロジェクトは、国家プロジェクトに位置づけられ推進されているのである。また、『人民日報』2001年4月16日版には、下記のような記事が載った。

黒龍江省依蘭石炭液化プロジェクトが、中国政府のエネルギー第十次五ヵ年計画に入れられた。依蘭炭は長焔炭である。黒龍江省炭田地質局のデータによると、依蘭炭田の石炭埋蔵量は7.9億トン、うち採掘可能な高級石炭埋蔵量は4.2億トンである。石炭液化のために100年間分を供することができる。中国煤炭科学研究総院およびハルピン燃気化工総公司と日本との間で、1995年から依蘭石炭の液化の研究が始まった。5年間の成果は国家発展計画委員会に評価されており、「十五」計画に入れられた。本プロジェクトは総投資額80.5億元、主に外資導入により手当する。そのため、関係方面は資金調達に積極的に取組んでいる。石炭液化はクリーンコールテクノロジーであるから、環境問題の解決に寄与する。依蘭石炭の液化は、黒龍江省石炭工業が直面する構造問題の調整と失業問題の解決、更に大慶油田の持続可能な発展に資するものとなろう。

依蘭における石炭液化の企業化調査は国際協力事業団(JICA)が行い、経済産業省の外郭団体である新エネルギー産業技術開発機構(NEDO)が技術的な支援および試験をしている。NEDOの報告によれば、1トン/日の液化装置を利用して中国依蘭炭および中国西林硫化鉄を用いて液化試験を実施した結果、液化油の収率は52〜57%に達したそうである。石炭を液化する設備は1950年代から南アフリカで稼働している(石油の輸入が困難であったという特殊事情が影響していると思われる)が、それと比較すれば非常に効率的である。

 依蘭において町の人数人に聞いたが、みんな依蘭炭田の存在については知っており、また石炭ガスが作られ、都市ガスとして配送が始まっていることも知っていたが、石炭液化については何も知らないようであった(聞き方に問題があった可能性も高いが)。まだ地元においては、それほど認知されていないようである。

 これまで中国では、粗放な燃焼を主とする石炭の利用方式により、各地で深刻な酸性雨、粉塵汚染をもたらしてきた。余談ではあるが、中央電視台(日本のNHKのようなもの)の朝のニュースで、天気予報の後に今日の大気汚染度の予報まで出しているのである。石炭が安価である利点などを活かした石炭液化プロジェクトを推進させることで、いままでの汚染が少しでも緩和することを期待したいところである。一方、石炭液化についての技術供与をするぐらいの日本では、主にコスト面の問題から冒頭のように炭鉱がすべて閉山し、さらにエネルギー自給の道を閉ざしたのは、ある意味残念なことである。エネルギー自給は、食糧自給の問題と並んで、単純に経済的コストの面で判断することはできず、真剣に議論すべき課題であろう。

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